JTがひた隠す「たばこ情報」
保坂義久+北健一

 「たばこが体に悪いって? それはわかっているよ。でも一服つけるとほっとするし、ストレス解消になるし……」。スモーカーの気持ちはそんなところだろうか。いまどきたばこの害を認めない人はまずいない。けれどもどのような害があるか、詳しいことは意外と知られていない。「たばこがまずくなるようなことは聞きたくない」というスモーカーの態度のためもあるかもしれないが、大きな原因はたばこ会社がリスク情報をひた隠しにしていることにある。
 アメリカでは、たばこ会社がたばこの危険性を熟知しながら嘘をついてきたことが内部告発者(インサイダー)によって赤裸々に暴かれた。WHO(世界保健機構)の今年の世界禁煙デースローガンは「Tobacco Kills Don't be duped」、直訳すると「騙されるな、たばこは人殺しだ」だった。私たちは騙されていないだろうか。

ディーゼル車の排ガスより危険

 メーカーが自社製品のリスクについて研究するのは当然のことだろう。専売公社―JTは二通りの仕方で「たばこの害」に関する研究を蓄積してきた。ひとつは自分たち自身による研究であり、もう一つは外部への委託研究である。前者は秘密のベールに覆われており、JTはそうした研究の存在自体を認めないという態度をとっている。今回私たちは、委託研究の成果の一部を入手し、研究者の協力を得て多角的に検討した。以下はそのエッセンスである(詳しくは禁煙ジャーナル編『たばこ産業を裁く』〈実践社〉、とくに保坂ほか「JTの秘密ファイル」と林俊郎「肺がんの流行と医学界の功罪」を参照していただきたい)。
 JTは1986年に喫煙科学研究財団という財団法人をつくり、そこが全国の大学や研究機関に対する研究の委託をコーディネートしている。委託研究への助成は年間160件、助成金の総額は3億5000万円にのぼる(先頃WHOが、JTが金を渡した研究者を使って国際会議に不正工作をしようとした旨告発した。JT側は全否定したが、これも財団を通じた委託研究と関係があると思われる)。財団による委託研究の成果は毎年『喫煙科学研究財団研究年報』という本にまとめられ、財団設立10周年には『喫煙科学研究 一〇年の歩み』という本も出されている。ともに非売品で、なぜか普通は財団に行っても見せてもらうことさえできない(ただし年報は国立国会図書館には納本されている)。
 そうした委託研究ではどんなことがわかっているのか。交渉の末に財団から提供してもらった『喫煙科学研究 一〇年の歩み』から、まず「喫煙とがん」との関係について研究のごく一部を紹介しよう。
 埼玉医科大の竹本和夫氏は「喫煙と肺癌およびその他の癌」という論文でこう書いている。「竹本らは肺腫瘍嫌発性マウスを用い、妊娠中、皮下、腹腔内および吸入により、肺発癌物質であるウレタン、ENUを投与し、これに喫煙暴露を負荷して肺腫瘍発生を比較した。喫煙はイニシエーターとしての作用は不確実であるが、プロモート作用は明確であり、同時に実施したディーゼルエンジン排ガスより強い発癌作用を示した」。
 マウスを使って、「喫煙」=たばこの煙と「ディーゼルエンジンの排ガス」とどちらが「プロモート作用」(がん化を促進する作用)があるかを比較した動物実験の結果、たばこの煙の方がプロモート作用が強いことがわかったということだ。

慢性気管支炎の原因にも

 呼吸器疾患に関してもみておこう。順天堂大学医学部の高橋英気・吉良枝郎両氏は論文「喫煙と呼吸器疾患」で、「喫煙の健康に及ぼす影響については長い研究の歴史がある。そして喫煙が肺癌などの悪性腫瘍、虚血性心疾患、慢性呼吸器疾患などの主要な原因となりうることが証明されてきた。現在少なくとも先進国と呼ばれている国々では、これらの疾患を単独で予防しうる最大の病因は喫煙であるといわれている」と書いている。これは「たばこの害」を概括的に説いたものだが、高橋氏らは次のような病理学的研究も紹介している。
 慢性気管支炎という病気は、「喀痰を伴った咳が三カ月以上、しかも二年以上の期間にわたって反復するという臨床所見にもとづいて定義される」。しつこい痰(たん)が喉に絡み咳がつづくということだが、たんの増加は病理学的には「気管支粘膜腺の腫大と対応する」。そこで山中氏らは、喫煙によって気管支腺組織にどのような影響があるのかを評価したところ、喫煙者の方が非喫煙者にくらべて腺組織が大きかった。これは、「喫煙刺激が気管支腺組織の肥大をもたらし、気道分泌亢進の一因となることが病理学的にも確認された」ことを意味する。
 喫煙科学研究財団の委託研究には「受動喫煙の害」を否定したり「たばこの益」――ダイエットにいいとかアルツハイマーを予防するとか、はたまた「たばこに抗がん成分が含まれている」!などなどの――を強調するといった多くの問題がある。だがそれでも、喫煙の健康リスクを隠し通すことはできない。アメリカのたばこ会社が危険性をうち消すために始めた研究で、有害性や依存性を示す証拠が次々に見つかったこととよく似ている。

JT社内での秘密研究

 JT社内ではどのような研究をしているのか。同社広報部に質問すると、広報部林田主任は、「喫煙と健康に関しての研究というのはJT自体でやってはおりません。JTでやっている研究といいますと、やはり味であるとか製品についての研究ということになります。JTでやっても『たばこの会社』だということでなかなか信じていただけないというようなこともありまして、健康影響に関しては喫煙科学研究財団で外部に委託して中立な形でやっています」と答えた。「JTが危険性を示すデータを隠し持っていることはありませんか」と聞くと、林田主任は「もしそんなものがあったら、私どももこんな風にプカプカ吸えないですよ」とも語った。
 ところがこれは嘘だった。JTはまさにそうした研究成果を膨大に隠し持っていたのだ。
 専売公社が編集・発行した『たばこ専売史』第三巻(1964年刊)には、「喫煙科学」という名のリスク研究が1935年にはじまり52年に「本格的な研究」になったと明記されている。大蔵大臣の諮問機関「専売事業審議会」が1971年に出した答申でも、今後の課題として「喫煙と健康に対する影響については、公社内の研究および委託研究を拡充し……その成果を公表(する)……必要がある」と提言されている。
 そしてJTのホームページには、横浜にあるJTの中央研究所では「喫煙科学の研究」がおこなわれていると明記されている。横浜の研究所が専売公社からJTにひきつがれたように、たばこの有害性(健康影響)の研究もJTにひきつがれたのだ。
 どうしてJTは現におこなっている研究を「やっていない」と言ったのか。広報部に再び質問すると、今度は「専売時代に一部内部で研究していたのは事実ですね。資料は当社が引き継いでいますが、それも整理がついていないような状況で。決して隠しているわけではありません」(林田主任)と回答を変えてきた。
「隠していない」とはいっても、JTがそうした資料を公開したことは一度もない。

米・研究員の内部告発

 JTがいかなる情報を隠し、研究所でなにがおこなわれているのか。すべては秘密のベールに包まれている。だが、アメリカのたばこ会社の場合には、勇気ある内部告発者の手によって貴重な情報が明るみに出された。
 5月31日の世界禁煙デーを前に、アメリカたばこ会社の一連の内部告発者(インサイダー)の先駆けとなったフィリップ・モリス元研究員ビクター・デノーブル博士が来日し各地で講演した。招いたのは「STOP!未成年の喫煙実行委員会」(宮崎恭一事務局長)だ。薬物依存(drug addiction)の専門家であるデノーブル博士の話は、たばこ会社が真実を隠し人々を騙していることを明らかにするものだった。
 デノーブル博士が世界一のたばこ会社フィリップ・モリスに雇われたのは1980年、ニコチンにかわる依存性薬物をふくんだ、いわゆる「安全たばこ」(ニコチンのたばこと違って心臓に害がないけれども依存性はちゃんとあるもの)を開発する研究のためだ。
 与えられた研究室は不思議な部屋だった。フィリップ・モリスの研究所はすべてガラス張りなのに、その部屋だけ真っ黒な壁で囲まれ外部からいっさい遮断されていたのだ。デノーブル博士はそこで、ネズミを使ってたばこに含まれるニコチンの依存性を調べはじめた。
 ネズミがスイッチを押すとポンプが働いて、薬物が脳に達する装置を使って実験した結果、30日たつとネズミたちは(人間でいえば)1日に90本分のニコチンを脳に入れるようになった。「ニコチンによって脳の働きが変わった(braine changes)」のだ。
 会社にとって危険な真実を明らかにしたデノーブル博士は守秘契約を結ばされた上で解雇された。その時密かに持ち出した実験記録(document)も、会社側に取り戻されてしまった。会社が雇った人間につけ回され、脅迫電話も受けたが、彼は屈しなかった。1994年4月、7つのたばこ会社の幹部たちが連邦議会で「ニコチンに中毒性はない」などと証言したことに対し、それが偽証であると証言したのだ。
 博士の、そして後に続いた研究者たちの勇気ある証言は、たばこの危険性・中毒性を知り尽くしながらデータを隠し喫煙者を欺いてきたアメリカたばこ帝国の「終わりの始まり」となった。たばこ訴訟の流れは変わり、たばこ会社自身が喫煙の発がん性や依存性を認めるようになった。
 デノーブル博士は東京での記者会見で、私たちの質問に答え、「アメリカでも、たばこ会社は内部の研究と委託研究を両方やっていますが、トップシークレットに属する研究は会社の内部でやっています」と語った。隠さなければならない研究は内部でやっているというのである。黒い壁に囲まれた部屋でニコチンの中毒性に関する実験をしていた研究者の「証言」だけに説得力がある。

情報隠しを容認する大蔵省

 日本のたばこ会社だけが社内でリスク研究をしていないというJTの主張は崩壊したといっていい。最後にだめ押しで、たばこ事業の監督官庁である大蔵省に見解をもとめた。すると同省たばこ塩事業室は、「たばこ産業株式会社法(JT法)で専売公社の権利・義務のすべてをJTが引き継ぐことになっており、専売公社の研究成果も同社が引き継いでいます。JTもたばこ会社ですから、当然健康影響に関する研究を内部でやっていると思いますよ」(手持総括係長)と答えた。つまり、JTは専売時代からの膨大なリスク研究を隠し持っているだけでなく、現在も密かにリスク研究を続けていると大蔵省が告白したのである。
 「では大蔵省からJTに、たばこのリスク情報の公開をもとめる考えはありませんか」と聞くと、「法的根拠がないので情報公開を指導することはできません。JTが持っている情報については、公開した方が得だと考えれば公開されるでしょうし、隠した方が得だと考えれば公開されないという、経営上の判断かなと」と手持氏。何と大蔵省は、国民の命と健康に関わる情報を、私企業の経営上の損得だけで隠しても構わないと言うのだ(なお手持氏はその後地方に異動した)。
 ニューヨーク・タイムズ紙のベテラン記者、フィリップ・J・ヒルツは『タバコ・ウォーズ』(小林薫訳、早川書房)で「危険があるのに沈黙しているというごまかしは許されない。……他のいかなるビジネスも顧客のために発生する危険性を少なくする努力をしている中で、タバコ・ビジネスだけが異なる基準に立った企業行動を認めるというのは、正しくないというだけでなく、腐敗しているとも言える」と指摘し、「タバコ会社のファイルを強制的に公開させよ」と提案している。
 これは、日本のたばこ問題の解決のためにも最重要の視点ではないか。日本の場合、アメリカと違って専売公社時代が長く、いまでもJTの株の約7割は大蔵大臣名義で国が持っている。これでは大蔵省は情報隠しの共犯と言われてもやむをえない。
 厚生省の最新報告によれば、たばこに起因する死者(超過死亡数)は年間9万5000人にのぼる(「健康日本21」報告書)。たばこ会社の情報操作に騙されないために、大切な人と自分の健康を守るために、日本でもたばこ会社の秘密ファイルを公開させなければならない。
(ほさかよしひさ・ルポライター/きたけんいち・編集者)
──『技術と人間』2000年7月号初出のレポートに部分的に加筆。



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